2018年10月7日日曜日

穴窯の炎 続編

  
先月14日、ブログ日記にアップしました半地上式穴窯の続編です。
多治見市一ノ倉、幸兵衛窯
解りやすい穴窯の構造図と窯焚き風景です。


2018年9月21日金曜日

岡崎城跡で三つ葉葵紋の金箔瓦発見


岡崎城跡の発掘調査で、徳川家を象徴する『三つ葉葵紋の金箔瓦』が発見されたとのニュ-スです。
今回見つかったのは建物の屋根の最上部の棟の部分に飾りとして使われた『小菊瓦』で、丸形の瓦の三つ葉葵の紋の所々にうっすらと金箔が残っているそうです。
 
出土したのは岡崎城天守台の石垣の北側の10センチほどの深さの場所で、瓦は江戸時代の初期の1600年代前半に作られ、家康公を祀る東照宮に使われていたとみられます。

当時は家康の天下統一後、岡崎城主になった譜代大名・本多氏の時代にあたり、城内に家康をまつった東照宮や将軍の上洛時の宿泊所が建てられたとされることから、
市教委は将軍家の権威を高めるため、こうした重要な建物に金箔瓦が使われた可能性があるとみています。(紹介記事から)




         小菊瓦の設置場所の参考写真は浜松城です







2018年9月14日金曜日

穴窯の炎


『半地上式穴窯』焼成における、窯内の炎の流れと焼成雰囲気のイメ-ジ図です。
焚口から少し奥に分炎柱がありますが、この図には書き込んでおりません。
愛知県陶磁美術館に近い形の窯があります。

2018年8月27日月曜日

愛知県陶磁美術館 猿投窯展

少し説明が長くなりますがご容赦ください。 

『知られざる古代の名陶 猿投窯』
この夏、愛知県陶磁美術館で美術館が立ち上がる大きな要因となった猿投窯窯址群から出土した資料展がありました。
 開館時の愛知県陶磁資料館は, 愛知県陶磁美術館に名称が変わっています。 
 会員のAさんとともに催事を振り返ってみました。


『猿投窯』(さなげよう)は古墳時代(56世紀)から鎌倉時代(14世紀)にかけて、猿投山(さなげやま)標高629m の西南部に広がりました。
名古屋市の東部から瀬戸市南端、豊田市西部から日進市・刈谷市・大府市まで約20km四方の地域に1,000基を超える規模で、 昭和30年代の愛知用水建設に関連した古窯群の発掘調査を契機に古代日本屈指の陶器生産地であり、瀬戸焼・常滑焼の源流だったことが判明しました。

猿投窯は須恵器の生産地として、三大古窯跡である『陶邑窯』(すえむらよう・大阪府南河内郡狭山町,堺市,和泉市,岸和田市にまたがる東西15km,南北9kmの範囲)、      『牛頸窯』(うしくびよう・福岡県大野城市)と比較しても、その規模と稼働年数(約900年)で他の古窯跡より際立っています。



 須恵器』の技術が伝播すると、手びねりとロクロで成形し、地下に穴を掘った穴窯で作品を焼きました。
従来の500℃800℃で焼く軟質土器に対して、須恵器は1,000℃を超える高温で焼かれたため硬く焼き締まりました。
無釉焼き締め(=炻器:せっき)と灰釉を用いた作品が出土し、土器でありながら炻器とも陶器とも分類されています。






2018年8月16日木曜日

本焼き素地の装飾技法


本焼きを終えた素地に装飾を加えます。


加飾後、750度から850度で上絵焼成して仕上げます。
装飾や絵具によっては数回上絵焼成します

2018年8月14日火曜日

素焼き素地の装飾技法


素焼きを終えた素地に加飾する技法の一覧です。


加飾を終えて、作品の焼成位置を考慮しながら窯詰して本焼成します。




2018年8月12日日曜日

生素地の装飾技法


電動ろくろ、紐つくり、タタラ板、それぞれの方法で作品を製作する時に行う装飾。


成形する時 ⇒ 生乾きの間 ⇒ 乾燥の時、それぞれに加飾する技法の一覧表です。